電子ピアノ 買い取り

我が家にピアノがやってきた。

我が家にピアノがやってきた。

 

4歳の時からピアノを習っていました。
最初の2年は幼稚園で集団教室。
小学校に入学してからは家の近所のピアノ教室で個人レッスンを受けました。

 

その当時、周りのピアノを習っている友達全員がすでにピアノを持っており、ピアノを持っておらずオルガンで普段練習しているのは自分だけでした。
母親は続くかどうかわからないピアノにそれなりの金額を費やすことにためらいがあったようです。
小学4年生になるとかなり高度な曲もスラスラ弾けるようになりました。

 

また、難易度が上がるにつれてオルガンでは鍵盤が足りなくなったり、足の操作を練習する必要が出てきたり、曲に合わせて強弱をつけ感情をこめて弾くことも課題になります。
しかし、それはオルガンではできません。
母親もついに決意をしたようで、小学4年生の時に中古ですがピアノを購入してくれました。

 

ピアノが届く数日前からとても楽しみではしゃいでいたのを覚えています。
ピアノが届いた日にすぐ調律をしてもらい、ずっと弾いていたのを今でも覚えています。

 

 

 

私とピアノ

私とピアノ

 

私は3歳からピアノを習い始めて高校3年生まで続けました。
途中高校の3年間はエレクトーンも同時に習っていました。
小さい頃の夢はずっとピアノの先生になることで、周りの子供達に比べるとピアノのすすみも早かった覚えがあります。

 

結構、小学生くらいまでは、真面目に練習もしていましたし、ピアノを習っていたおかげで音楽の成績もずっと良かったです。
中学の途中くらいまでは高校も音楽科のあるところに行って、音楽大学に入るものだ、と思っていました。
しかし、いつの頃からか練習をあまりしなくなった様な気がします。

 

練習をあまりしないまま、ピアノのレッスンに行っていたので、なかなか先にすすまなかった記憶があります。
ピアノの先生になる事を断念したのは、その頃からでしょうか。
そう、甘くはないな、と思いました。

 

ピアノを辞めてから随分と時間が経過してますが、今になって趣味としてまたはじめてみたいな、と思っています。
毎日ひいていないと、指が動かない、と言いますのでなかなか昔の様にとはいかないとは思いますが、機会があればまたピアノをひいてみたいな、と思います。

 

 

 

私を鍛えてくれたピアノ教室

私を鍛えてくれたピアノ教室

 

私は4歳になる前から、個人の先生のところにピアノを習いに行っていました。
その先生はとても厳しい先生でした。
ピアノを弾くだけでなく、聴音やノート、音楽に関することを指導してもらいました。

 

その先生の元で、高校を卒業するまでの約15年間ほどお世話になりました。
コンクール前には、難しい曲も完全に目隠しで弾けるように指導されました。
目隠しで弾けなかった場合は、もう一度家に帰され、弾けるようになるまで練習し、また先生のところへ行くという具合でした。

 

そして、レッスン日でない日には、1日同じ曲を30回弾いたら、先生に電話連絡をしていました。
先生のところでも家でも何回も悔しくて泣いた記憶があります。
けれどもその15年間一度も辞めようと思ったことはありません。

 

先生が私のことを一生懸命指導してくれているのが伝わったし私自身、それに応えたいと思っていたからだと思います。
一度だけですが、コンクール前に、先生が私に対して「やっと人に聞かせられるような演奏になってきた」とおっしゃったことがありました。
初めて先生に認められた瞬間でした。

 

もう10年以上前のことですが、今でも鮮明に心に残っています。

 

 

姉と一緒に毎日ひいたピアノ

姉と一緒に毎日ひいたピアノ

 

私は3歳、姉は5歳からピアノをはじめました。
本格的なクラシックを学んでいました。
譜面を読んでピアノをひく姉を見ていると、自然と私はそれを耳で聞いて覚えていきました。

 

ですので私は譜面を読むのがとても苦手でしたが、その分耳はとても良くなったと思います。
小学生のうちも、みんなが友達と遊んでいる時間もひたすら練習をしていました。
夕方から夜にかけて、ご近所迷惑にならない時間までずっとひいていました。

 

姉はとてもピアノが上手で、いつも追いつきたいと思って必死でした。
ピアノ教室も同じところに通っていましたので、先生に姉がひいた曲をひきたいとお願いすることもありました。
そして、中学生の頃、ずっとひきたいと思っていた曲をひいてもいいと先生に言われました。

 

それもまた、以前姉がひいていた曲でした。
半年ほどかけて必死に練習し、発表会でもその曲をひくことに。
発表会では自分の力を出し切れませんでしたが、今でも音楽が好きなのは子供の頃にピアノをひいていたからだと思います。